
オーロラに導かれし者
11 前編 レオン 闇に挑む…
深淵なる闇の最奥、そこは現実と幻が織りなす境界だった。
レオンは、ひび割れた大地を踏みしめ、重い空気を吸い込む。
あたりには、星々が滝のように流れ落ち、遠くには空が裂け、別の時代の風景が覗いている。
それはまるで、世界の記憶の断片が、この場所に集められているかのようだった…
レオンの胸元では、生命の息吹のベストが淡い緑色の光を放ち、その光が、彼の心の奥底に宿る不安を静かに鎮めていた。
腰に差した黒曜石のナイフが、わずかながらその存在を主張する。
深く被り直したカーボーイハットの下、彼の瞳は迷いのない光を宿し、定まらない闇の気配を捉えていた。
「ここが、邪悪な者の本拠か…」
レオンの呟きは、広大な闇の中に吸い込まれていった。
彼の目の前に立ちはだかるのは、形なき、しかし圧倒的な存在感を放つ巨大な闇だった。
それは空間そのものと一体化しているかのようであり、その闇の中から、直接彼の心に語りかける声が響き渡る。
「よくぞ来たな、小さき者よ。だが貴様のような存在が、我に抗えるとでも?」
その声は、空間のいたるところから同時に響き、レオンの精神を揺さぶろうとする。
しかし、レオンは一歩も引かず、黒曜石のナイフを抜き、静かに構えた。
彼の全身から、これまでの冒険で培われた力が漲るのを感じる。
「お前を倒し、この世界に光を取り戻す。それが僕の使命だ!」
レオンが言葉を放つと同時に、地面が大きく裂け、無数の闇の触手が、彼めがけて殺到した。
その触手は鋭く、漆黒の闇を纏い、そして想像を絶するほどの重さでレオンに襲いかかる。
取り囲むように、四方八方から伸びる闇の奔流に、レオンは瞬時に反応した。
レオンは、まるで宙を舞うかのように軽やかに跳躍し、迫り来る触手の猛攻を紙一重でかわしていく。
同時に、その手にした黒曜石のナイフが、闇の触手を次々と切り裂いていく。
ナイフの刃が闇を切るたびに、微かな、しかし確かに苦痛に満ちた悲鳴が、空間の奥から響き渡った。
しかし、それはあくまで闇の表層を傷つけたに過ぎない。
闇の真の本体は、依然としてその奥深くに潜んでいた。
闇の中から、レオンがかつて戦い、打ち破ってきた魔物たちの影が、次々と幻影となって現れ始めた。
奥深い森で彼を追い詰めた巨大な砂漠の大蜘蛛、古の祭殿で激戦を繰り広げた闇の獣…。
それらは、闇がレオンの記憶の奥底に眠る恐怖と、過去の戦いの残滓から作り出した偽りの幻影たちだった。彼らが実体を持たない影であることは明白だが、その存在感はまるで本物であるかのようにレオンに迫る。
「そんな幻影に惑わされない…!」
レオンはそう叫びながら、次々と襲いかかる幻影を切り裂いていく。
ナイフの一閃ごとに幻影は霧散するが、その攻撃は途切れることなく、容赦なくレオンを襲い続けた。
無限に湧き出すかのような幻影との戦いは、レオンの体力と精神を徐々に蝕んでいく。
生命の息吹のベストが、彼が負ったかすり傷や疲労を癒し続けているものの、闇の力はまるで底なしであり、その消耗は避けられなかった。
やがて、闇はレオンの心の奥深くにある、最も触れられたくない記憶を暴き始めた…
それは、幼い日のレオンの記憶だった。
広大な砂漠で独り倒れていた、小さな自分。
喉の渇きに苦しみ、意識が朦朧とする中で、誰にも助けを求めることができなかった、あの絶望的な瞬間。
闇はその記憶を、まるで現実であるかのようにありありと再現し、レオンの目の前に突きつける。
「助けて…誰か…」
幼い自分が、弱々しく手を伸ばし、助けを求める。
そのあまりにも生々しい幻影に、レオンの足が、一瞬だけ止まりかけた。
しかし、彼の心はすぐに奮い立った。
「違う…!」
レオンは拳を強く握りしめる。
過去の自分に囚われることなく、今ここにいる自分を見つめ直すように、深く呼吸した。
そして、その手を生命の息吹のベストに当てた。ベストから放たれる温かい光が、彼の心の奥底に染み渡る。

「僕はもう、あの時の僕じゃない。僕には、困難を乗り越えてきた仲間がいる。そして、未来への希望がある。そして僕自身が、この旅を通じて、強くなったんだ!」
その瞬間、生命の息吹のベストが強く輝き、レオンの心に巣食おうとした幻影は、音を立てて砕け散った。
レオンの揺るぎない意志が、闇の誘いを完全に打ち破ったのだ。
しかし、闇はさらに深い一撃を放ってきた。
空間全体が大きくねじれ、空からは漆黒の雨が降り注ぐ。
地面は泥のようにうごめき、レオンの足元を絡め取り、彼を奈落の底へと引きずり込もうとする。
その中から現れたのは、これまでの旅で、レオンが救うことができなかった存在たちの幻影だった。
*迷いの森で道に迷い、彼の呼びかけにもかかわらず、その奥へと姿を消してしまった老狐。
生命の樹が枯れたことによって、この世界から姿を消してしまった小さな草の精霊。**
彼らが、悲しみに満ちた瞳でレオンに詰め寄る。
「なぜ助けてくれなかったの?」
その言葉が、レオンの心の奥深くに突き刺さる。彼の心が、またしても大きく揺れた。しかし、彼はその悲痛な問いから逃げなかった。
「僕には、全てを救うことはできなかった。でも、僕はあの日、君たちを救うために、その時の僕にできる最善を尽くした。君たちのことを、決して忘れてはいない。だからこそ…これ以上、誰も闇に飲まれないように、僕は今、戦っているんだ!」
レオンの心からの叫びに応えるように、再び生命の息吹のベストから一筋の光が広がり、空間を清めていく。
幻影たちは、その悲しみに満ちた表情から、穏やかな安堵の表情へと変わり、静かに、そしてゆっくりと姿を消していった。
その時、闇に包まれた空間の中心が、まるで巨大な眼窩のように大きく割れた。
漆黒の瞳が空に開き、そこから闇の本体が、ついにその姿を現した。
その姿は明確ではなかった。
煙のように揺らめき、影のように不定形。
しかし、その存在感は圧倒的であり、見る者の魂を凍りつかせるほどの絶望を纏っていた。
まるで、この世界のあらゆる「絶望」そのものが、一つの形となって具現化したかのようだった。
「貴様…なぜそこまで抗う? 全てを諦めてしまえば楽になれるというのに…」
闇の声が、レオンの心を直接貫こうとする。
しかし、レオンは胸に手を当て、力強く答えた。その手からは、生命の息吹のベストの光が溢れていた。
「僕には、未来を信じる理由がある。僕には、ホズミという、大切な仲間がいる。オーロラランドの希望を、絶対に、お前なんかに渡さない!」
レオンの揺るぎない意志の光に呼応するように、闇の核が、じわじわと不気味な赤色に輝き始めた。
ついに、すべての決着をつける、最終決戦の瞬間が近づいていた。
「さあ来い、邪悪な者! このナイフとベスト、そして僕の心で、おまえの闇を打ち砕く!」
レオンは、迷いなく走り出した。
迫り来る闇の触手を、まるで予測していたかのようにかわし、歪んだ空間を駆け抜ける。
黒曜石のナイフが闇を切り裂き、生命の息吹のベストが彼の精神を、闇の精神攻撃から守り抜く。彼の魂は、いかなる闇にも屈しない、揺るぎない光を放っていた。
だがその時、レオンの背後に激しい衝撃が走った。
空間が再び大きく揺れ、彼の足元が、まるで意思を持ったかのように崩れ落ちる。
闇はレオンを、無限の奈落へと引きずり込もうとする。
「まだ…負けるわけには…!」
その刹那、空間の裂け目が、まるで奇跡のように一瞬だけ緩んだ。
そのわずかな隙間から、一筋の温かい光が差し込む。
その光の中に、レオンは見覚えのある、しかし朧げな姿を感じた。
――ホズミ…?
だが、その姿は、すぐに空間の歪みの中へと消えていく。
幻影だったのか、それとも未来からのメッセージだったのか、レオンには判断できなかった。
「まだ…来るには早い…か。でも、信じてる。君とまた、必ず…」
レオンは、ホズミの姿が消えた後も、その温かい光の残滓を胸に、体勢を立て直した。
そして、ふたたび、目の前の闇に挑み続けた。
彼を包み込むのは、ただ深い闇だけ。
しかし、その闇の中に、レオンは微かな希望の光を見出す。
光が差すまで、彼はただひたすらに、闇と戦い続ける。
これは、未来への希望を信じ、孤独で過酷な戦いに身を投じた、ひとりの冒険者の、揺るぎない魂の記録である。
後編へと続く…